人の自由を奪うもの

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日頃、私は生活している中で自分が行動を選択する時に何が自分に迷いを与えるのかを考えていました。

そんな中である二つの要因があると私は感じました。

それを今回、紹介したいと思います。

あなたの苦しみを和らげる助けになればと思います。

それでは始めます。

・人の自由を奪うもの

①承認欲求

承認欲求というのは他人に認められたいという欲求です。

他人に認められたいという欲求は、他人に認められないことを恐れます。なので、こんな行動をとったら、こんなことを言ったら他人に認められないのでは?と思うと自分の中で本音と建前とで迷いが起こる。

他人に認められることに執着しすぎると自由を奪われます。

他人を蔑ろにしていいというわけではありませんが、自分を大事にすることも大切だと私は思います。

②当たり前

当たり前とは自分の固定概念です。

例えば昔な考えで言えば、男は仕事をして女は家庭で家事、育児をするみたいな感じです。

このような、固定概念があると当たり前以外の選択肢を考えついたとしても、おかしいとかこんなことをしてはいけないと思ってしまい、自分の行動を制限してしまいます。

でも考えてみれば、過去に非常識だったことが今は常識になっていることなんていくらでもあると思います。

常識や当たり前にとらわれず、自分の思うままに生きてもいいのかなと思います。(人にあんまり迷惑かけない程度にですが)

他人に認められることや固定概念に執着せず、生きられれば人生の自由度は広がります。

求めるだけではなく、手放すことも私たちには必要なのかもしれません。

人に認められること、今まで自分が信じてきたこと、少し怖いかもしれませんが手放すことで自由になれます。

皆様に気づきがあれば幸いです。

最後まで読んでいただきましてありがとうございました。

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投稿者:

いくら

サイト主 【いくら】のプロフィール 平成世に大家族の末っ子として生を受ける。 大家族ということもありあまり贅沢できないのと親が高齢で私を産んでいるので周りの人と自分を比べてしまいよく自己嫌悪に陥っていた。さらに兄から小学3年生から中学3年まで性的虐待を受けておりそのことを親に言うこともできず塞ぎ込んでいました。不登校の時期もありました。 しかし、そんな人生を送るうちに「自分は何のために生きているんだ?」 塞ぎ込んでいた私は次第に自分の存在に興味を持つようになりいろいろな本を読むようになりました。 本やセミナー、尊敬できる人との出会いにより少しずつ本当の自分を取り戻してきています。 私と同じような苦しみを持っている方々の力になれればと思いこのサイトを作った次第です。 一緒に本当の自由を手に入れましょう。

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