ありのままを認める

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好きな漫画の好きな言葉⑤

「いろんなお前がいる、全部ひっくるめてお前なんだ

いいんだそれで

認めてしまえ、ありのままのお前を

修行はそこからだ」

人はいろんな面を持っている。それなのに人は自分の一部の面を嫌い、遠ざけ、否定する。遠ざけようとしたり、隠そうとしたり、見ないようにするとかえって、その部分を意識してしまう。

自分の嫌いな一面に意識が行くあまり、自分の良いところ、長所に意識が向かない。嫌いな面ばかりをどうにかしようと躍起になり、長所を全く伸ばそうとしない。

人に必要なのは、短所をなくすことではなく、長所を伸ばすこと。短所は短所で持っていていい、というか誰でも短所を持っていると思います。自分の短所を認めればそこに労力を使わなくて済む。

短所をどんだけ改善しても、人の役には立たない。でも、長所は延ばせば延ばすほど人の役に立てる、貢献できる。

短所を認め、長所に気付き長所を伸ばすことに労力を使う。それが修行なのではないかと思います。

あなたも短所にとらわれず、長所を見て伸ばしていただければと思います。

今回は以上です。最後まで読んでいただきありがとうございました。

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葛藤

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心に葛藤を持つ人は、ただ黙って自分の不機嫌を伝える以外にどうしたらいいか、わからない状態に追い込まれている。

相手を悲しませることもできず、相手をストレートに好きになることもできない状態こそ、葛藤の状態なのである。

これは、相手に不機嫌を伝えて嫌われる恐怖と自分の本当の気持ちとの間で迷いが発生して、どっちも中途半端な状態。どっちつかずの状態。

「二頭追うものは一頭も得ず」という諺もあるように、自分が傷つくことも、相手を傷つけることもできない、となると結局どちらも傷つくことになります。

嫌だったことを相手に伝えられないことで、相手が嫌になり、その態度が相手に伝わり相手も自分のことが嫌になる。人それぞれ、物事の捉え方は違うので自分の感じたこと、思ったことを相手に伝えなければ分かりあえません。

何かを得たければ、何かを捨てる覚悟を持ちましょう。でなければ結局、何も得られない。

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自分を主張する

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自分を主張するということは、他人とトラブルを生み出すことでは無く、逆に他人に良い感情を持つ条件なのではなかろうか。

自分を主張することを止めてしまえば、不満になり、次第に敵意さえ持つようになる。不機嫌ははっきりと自分を主張しないから起きてくる感情であろう。

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嫌ならノーと言おう

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自分を発見したいなら、ノーと言いたい時にイエスと言わないこと。

小さなことも億劫がるな。くだらないこととか、そんなこととか言わずに自分の中で嫌だという気持ちがあるならノーという。

ノーと言わずに陰口を言うくらいなら、どんな小さなことでも大きな精力を使ってノーというべきである。

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自立している人

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自立している人は、他人の言動に無頓着でいられる。

自立していないということは、どういうことだろうか。第一に、自分で自分を支えられない、つまり自分が自分を信頼していないということである。

したがって、外からのなんらかの影響でたちまち感情が混乱してしまう。自分の感情のあり方が極端に外部に依存しているからである。

自立していない人は、自分に適したこと、自分にふさわしいことをやろうとするのでは無く、他人を基準にして物事を考える。したがって、何をやってもそこに集中しリラックスすることが難しい。何をやっても確信がないのである。

確信というのは、自分は自分の能力を向上させるために何かすることができるという気持ちである。

そして、自分が失敗しても言い訳をすることがない。しかし、他人の言動で混乱する人は、他人の成功に傷つき、自分の失敗に言い訳をする。

自立していな人は、恩着せがましい。

内情的感情を持てない人間、自分のやったことに自分一人では意味を感じられない人間は、他人に恩を着せることで意味を感じようとする。

「こんなにしてあげたのに、そんな態度をよく取れるものだ」などと常に恩を着せて不機嫌になっている人が自立していない人である。

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本当の自分とは?

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本当の自分、ありのままの自分って何だろうと考えると建前とかではなく本音、本心というものになると思う。

自分に正直に、自由に生きたいと感じる人はたくさんいると思います。

でも、本音、本心をさらけ出して生きている人は稀ですよね。

なぜでしょう?

それは人の欲求からくる執着や恐れが本当の自分を歪めるからです。

人は欲求を満たされていると心地いいです。

一度、心地よさを知ってしまうとその場所から離れたくない執着心、一度手に入れたものを失う恐怖心が芽生えます。

本音、本心のままに生きると、心地いいところから離れてしまうかもしれない、という状況になった時に人は本当の自分に嘘をついて、その場所に留まろうとする。

あなたが何かを選択する時、その選択は歪められていませんか?

恐怖心や執着心を本音、本心と勘違いしていませんか?

あなたの本心は、安定・安全を求めるものでも、他人からの承認を求めるものでも、ありません。

あなたの本心は、あなたの実現したいものを求めるものです。簡単に言ったら夢・理想を叶えたいという気持ちです。

あなたが何かを選択する時は、何を求めていますか?

安定ですか?

安全ですか?

他人に認められる事ですか?

他人にすげーって思われる事ですか?

これらを求める気持ちは、あなたの本心ではありません。

あなたの本心は、あなたが実現したいものを求める気持ちです。

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物事を捉える時に大事な事

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・好きな漫画の好きな言葉④

一枚の葉に囚われては木は見えん

一本の樹に囚われていは森は見えん

どこにも心を留めず

見るともなく全体を見る

それがどうやら見るという事だ

囚われという字は、人が口(囲い)に閉じ込められているように見えます。

要するにそこから抜け出せない、動けない状態。

囚われとは自分の固定概念、常識、当たり前、普通などと表せる事ができます。

これらの考えに囚われている人は、どうやら目の前の情報を歪めて見ているようです。

良いとか悪いとか、正しいとか間違いとか、善とか悪とか。

善悪の基準は人によって様々なのに、このような考え方で自分を縛り、他人を裁いている。

これは正しい、これは間違っているって考えている時点で、もう片方が見えなくなっている。

物事は捉え方によって正しい、間違いが普通に逆転します。

実際、正しいとか間違いとかってないんだと思います。ただ、違いがあるだけ。

だから、善悪判断で目の前の情報を歪めないでください。

ありのままの情報を見てください。

囚われをなくせば、あなたの考え方は自由になります。

自由になるとは、選択肢が増えるという事です。

選択肢が増えれば、目的も達成しやすくなる。

それって幸せな事じゃないかなと思うんです。

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見る人によって異なるものに見える

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人は視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚で、この世の情報をキャッチします。

キャッチした情報をどう捉えるかは人それぞれです。

例えば、情報を水に例え、情報をキャッチする側(人)を瓶に例えるとわかりやすいと思います。

水はどんな形になっても水ですが、瓶の形によって捉えられかたが変化します。

情報を見る人によってその内容が変わるのです。

その捉え方は何によって決まっているのか?それはその人の今までに経験してきた体験です。

人は生きていく上でいろいろな体験をします。

その中でこれはこういうものだ、これは良いことだ、これは悪いことだ、これに価値はない、これに価値がある、というように価値観を構築します。

この価値観が上の例で言う瓶です。

この価値観は、人の思考や行動に大きな影響を与えています。

例えば、子供が飲み物を飲もうとしてこぼしてしまいました。

その時、Aくんの親は優しくこぼしたものを拭いてくれて、次から気をつけようねと言いました。

Bくんの親は怒りながらこぼしたものを拭いて、めんどくさいなーと言いました。

同じこと(飲み物をこぼす)を体験しても、その時の状況によって人の価値観は違ってきます。

Aくんは失敗をしてもその都度、次から失敗しないように考えて行動できる子になり、何事にも失敗を恐れずチャレンジできる人になりました。

Bくんは失敗すると怖いことが起きると思う子になり、失敗を恐れてチャレンジできない人になりました。

このように人は体験によって価値観を構築し、その価値観によって思考、行動が大きく変わってしまうのです。

あなたの瓶はあなたの望むものを叶えてくれますか?

もしそうでないのなら、あなたが望むものを手に入れている人の価値観を学んで、自分のものにしましょう。

なぜなら、価値観が望むものを叶えてくれるからです。

価値観を変えるには、勇気を出して行動し新しい体験で過去の体験に上書きする。

過去の体験で失敗すると怖いことが起きるという価値観を構築しても、新しい体験で失敗は悪いことではないと思えれば価値観は変わります。

あなたが望むものを叶えるために価値観を再構築することをお勧めします。

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本当の自由

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・本当の自由

人は善悪、正誤等、物事の白黒をはっきりさせたいと思う事が多いです。

この白黒はっきりさせたいとという気持ちは他人も自分も傷つけてしまうものなのです。

さらに自分を縛り可能性を狭めてしまうこともあります。
生き苦しいと思うこともあります。

人は好き嫌いがあります。
美味しい、不味い、楽しい、退屈、やりたい事、やりたくない事等いろいろな事で基準を持っています。

その基準がいつしか正しい、間違いといった価値観を作り上げ人を裁き自分を縛りつける。

だんだん自分と違う価値観の人間を嫌い遠ざける、恨み嫉みを発生させる。
自分に対しても自分の思い通りにならないと自己否定したり自己嫌悪に落ち入ります。

自由なんて全然ありません。
人間は誰しも完璧ではないのに偏った価値観が心を縛る。

本当の自由とは善悪を決めずに自分の好き、楽しい、やりたい等で道を決めてさらにその基準を他人に押し付けない事ではないかと思います。

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結局、自分のことをどう思っているか?なんだと思う

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自分に正直に素直に生きたい。

そんな願望が私にはあります。

なのに正直に素直に生きられない。
なぜそうできないのか?
それは他人の目を気にしているからなのかなと最初は思っていました。

でも私は思うのです。
物事に対してどう感じるかは人それぞれなのに他人の目を気にして生きていたら自分が無くなってしまう。

そして最近気づいたのですが人は
他人の目を気にしているように感じますが、実際は自分が自分のことをどう思っているか、なのだなと思いました。

例えば自分がいい事、正しい事と思っている事をする時は人の目は気にならないと思います。
逆に自分が悪い事、間違っている事と思っている事をしてしまった時は他人の目がすごく気になります。

そして自分が思っている通りに周りが反応します。
なぜならいい事をしていると思うと人のいい反応を探していい事をしたという証拠を探します。
間違っている事をしていると思うと人の悪い反応を探して悪い事をしたという証拠を探します。
だから自分が思った通りの現実を引き寄せます。自分で勝手にです。

でも最初にも言いましたが物事に対して人がどう思うかは人それぞれです。

自分が良いと思う事をしていても相手は悪いと思う事だってあるのです。
自分が悪いと思う事をしても相手は良いと思う事だってあるのです。

そう考えると結局自分で自分を悪いと否定していると正直に素直に生きられないのです。

全ては自分が決めているのだなと思うのです。

だからできれば物事を良い、悪いで判断するのではなく自分はどうしたいのか?という考え方で行動できるといいのかなと思います。

そして良いも悪いも本当はないんだと、良いも悪いもない、ただ違いがあるだけ。だけど自分はこう在りたい、この方が好きだという事をすればいい。

お互いに違いを認め合えたらいいんですけどそれがなかなかできないんですよね。
自分と他人の違いを認めれるようになったら自分の良いも悪いも認められるし好きになっていけるのかなと思います。

そして自分の良いも悪いも認めて好きになれたら自信が湧いてきて他人の目なんて気にならなくなる。

そしたら自分に正直に素直に生きられるんじゃないかなと思う今日この頃です。

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